インテリア…とは少し違いますが、私がドイツに住んでいた時の面白い風習??を1つ。
12月に入って少しした頃のこと。
ある夜、バスに乗って帰宅途中だった私は窓の外にとてつもなく不思議なものを目撃しました。
それは、何もない夜空を背景に宙に浮く1本のクリスマスツリーでした。
しかも、ライト付き…いえ、だからこそ気付いたわけですが…のツリーが何故か地上から遥かに離れた高い場所に浮いているわけです。
周囲は真っ暗でツリー以外は何も見えず、慌ててこの異常な現象を誰かと分かち合えるかも…と周囲を見回しても他の乗客は気付いているのかいないのか、驚きの声1つ上げることなく夜のバス独特の静けさがあるのみで、まるで私1人だけがUFOでも見ているような気分でした。
翌朝、バスに乗って町へ出る時に出来るだけ注意深く外を見ていたのですが、場所さえも曖昧となってしまい宙に浮くクリスマスツリーを見つけることは出来ませんでした。
ところが、その日の夜バスでの帰り道、やはり私は昨夜と同じ光景を目にしたのです。
宙に浮くクリスマスツリーは存在した!!!
素早く私は近くの停留所を頭に叩き込み、翌朝、町へ出る友達とバスに乗り込みました。
彼女は私が宙に浮くクリスマスツリーを見た、と伝えた時、気の毒そうに曖昧に笑って聞き流してくれたので、何としても私は正常な感覚でそれを見たのだと証明しないと気が済まなかったのです。
昨夜覚えた停留所を越えて少し。確かこちら側の窓で視線の角度はこの程度だったはず、とどんよりした空を見上げていた所、隣に座っていた友人が先にそれを見つけました。
「宙に浮いてはいないけど。もしかしてアレじゃない?」
彼女が指差した先には確かにクリスマスツリーが地上からずいぶんと高い位置に立っていました。
建てかけ中のまま冬休みに入ってしまったらしく人気のない工事現場の鉄骨の1番高く、そして、1番端の部分に。
つまりは、夜になると灯りがまったくなくなるために鉄骨部分が暗闇にのまれてしまい、結果ライトアップされたツリーが夜空に浮いているように見えていた…と。
謎は解けた。確かに京極堂の言うように世の中に不思議なものはなかったわけです。
が、それにしても…謎が解けたクリスマスツリーは不思議さも神秘的な感じも全くなく、ただ味気ない高く高く組み立てられた鉄骨の上で所在なさげに立っているだけでした。
謎は謎のままにしておいた方が良かったのかもしれない…。
なんとも間の抜けた景色に朝から疲れた私でしたが、友人はとても楽しそうでした。
「なるほど…。夜になったら鉄骨が見えなくなって、浮いているように見えるね。ドイツっぽくていいよね。帰りまた見ようよ」
あまりにもあっけない謎にがっかりしてしまったことでも、初めに謎が謎でない状態のツリーを見た彼女からすると興味深いドイツ式のジョーク、または職業的な習慣としてすんなりと受け止められたのでしょう。
少なくとも日本にはこのような風習は見たことも聞いたこともありませんしね。
お休み中の建築現場、その最高部に括りつけられたツリーは現場で働く人々の、クリスマスを祝う真摯で、優しくて、そして何ともドイツらしいウィットにとんだ素敵なディスプレイとして工事が再開するまでの間、私達の目を楽しませてくれたのでした。